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ある日、視界に現れた影、視神経との長い闘いの始まり
私が、自分の眼の異常に、最初に気づいたのは、30代の後半、仕事で、パソコンの画面を見ていた時のことでした。視界の、ほんの少し、中心からずれた場所に、まるで、カメラのフラッシュを、直視した後の残像のような、ぼんやりとした、小さな「影」が、現れたのです。まばたきをしても、眼をこすっても、その影は、消えません。しかし、日常生活では、ほとんど気にならない程度だったため、「疲れているのだろう」と、私は、そのサインを、数週間、放置してしまいました。しかし、その影は、少しずつ、しかし、確実に、その濃度を増し、形も、はっきりとしてきました。さすがに、不安になった私は、眼科を受診しました。視力検査、眼圧検査、そして、視野検査。長い検査の後、医師は、私の眼底写真を見せながら、静かに、しかし、はっきりと、こう告げました。「視神経に、炎症が起きています。視神経炎の疑いが強いです。すぐに、大学病院を紹介しますので、精密検査を受けてください」。その日から、私の、視神経との、長い闘いが始まりました。大学病院での、MRIや、血液検査の結果、私の病名は、「多発性硬化症」の、初期症状としての、視神経炎であることが、判明しました。ステロイドの大量点滴治療によって、幸いにも、視力は、ある程度まで回復しました。しかし、視野の中心には、依然として、薄い影が残り、色の鮮やかさは、完全には、戻りませんでした。そして、何よりも、私を苦しめたのは、「いつ、また、再発するかもしれない」という、目に見えない、恐怖でした。それから10年。私は、定期的な検査と、治療を続けながら、この、不完全な視界と、付き合っています。失われた、神経の機能は、戻りません。しかし、私は、この経験を通じて、一つの、大切なことを、学びました。それは、私たちが見ている、この、当たり前のように、クリアで、色彩に満ちた世界は、決して、当たり前のものではない、ということです。それは、眼の奥で、120万本もの、繊細な神経線維が、休むことなく、光の信号を、脳へと、送り続けてくれている、その、奇跡のような働きの上に、成り立っているのだと。この、声なき、しかし、懸命な、視神経の働きに、感謝すること。それが、病と共に生きる、私が見つけた、ささやかな、しかし、確かな、光なのです。