「眼圧が高い」ことの最も恐ろしい側面、それは、ほとんどの場合、自覚症状が全くないまま進行する、という点にあります。血圧が高いと頭痛や動悸を感じることがあるように、眼圧が高ければ目に痛みや違和感があるのではないか、と考えるかもしれません。しかし、よほど急激に、かつ極端に眼圧が上昇する特殊なケース(急性緑内障発作など)を除き、慢性的な高眼圧には、痛み、充血、目のかすみといった、警告サインは一切現れません。眼圧が正常範囲を少し超えた25mmHgであっても、あるいは30mmHg近い高い値であっても、患者さん自身がその異常に気づくことは、まず不可能なのです。症状がないまま、しかし眼球の内部では、静かに、そして着実に、恐ろしい変化が進行しています。高い圧力に常に晒され続けることで、眼の奥にある、数百万本の繊細な神経線維の束である「視神経」が、まるで押し潰されるように、少しずつ、しかし確実にダメージを受け、死滅していくのです。そして、一度死んでしまった視神経は、現在の医学では、二度と元に戻すことはできません。視神経が障害されると、その神経が担当していた部分の「視野」、つまり見える範囲が、欠けていきます。この視野欠損は、多くの場合、まず周辺部、つまり視界の端の方から、まるで黒いカーテンが静かに降りてくるように、ゆっくりと始まります。私たちは、普段、両目で見ていることや、無意識に眼を動かしていることで、この視野の欠けを脳が補正してしまうため、初期の段階では、全くその異常に気づきません。病気が進行し、視野の欠損が中心部にまで及んで、ようやく「なんだか見えにくい」「つまずきやすくなった」と感じた時には、すでに視神経の障害は、かなり進行してしまっているのです。痛みなく、症状なく、気づかぬうちに、大切な視野を盗んでいく。これが、高眼圧が引き起こす緑内障が、「サイレント・シーフ・オブ・サイト(沈黙の視力泥棒)」と呼ばれる所以です。