45歳を過ぎた頃、私は、特に目の不調を感じていたわけではなかったが、年齢の節目として、近所の眼科で、一度、詳しい目の検診を受けてみることにした。視力検査、そして、目に、プシュッと風が当たる、おなじみの眼圧検査。ここまでは、いつも通りだった。「少し、眼圧が高めですね。念のため、眼の奥も、詳しく見てみましょう」。医師の言葉に、私は、初めて、診察室の奥にある、いくつかの、見慣れない機械の前に、座ることになった。まずは、眼底検査。強い光が、少し眩しかったが、医師は、レンズを通して、私の眼の奥を、熱心に覗き込んでいる。「視神経の形が、少し、緑内障に似ていますね」。その言葉に、私の心臓が、ドクンと、大きく鳴った。次に、案内されたのが、OCTという、眼のCTスキャンのような機械だった。顎を乗せ、中の光を、数秒間、見つめるだけ。痛みも、何も感じない。そして、最後が、視野検査だった。半球状のドームに顔をうずめ、中心の光だけを、ひたすら見つめ続ける。周辺で、チカチカと、点滅する、淡い光。見えるか、見えないか、ギリギリの光との、孤独な、根比べ。集中力が、途切れそうになるのを、必死でこらえ、ボタンを押し続けた。全ての検査が終わり、再び、診察室へ。医師は、モニターに映し出された、カラフルなOCTの解析図と、白黒の濃淡で示された視野検査の結果を、指し示しながら、こう言った。「OCTで、視神経の厚さを測ると、一部、同年代の平均よりも、薄くなっている部分があります。そして、視野検査でも、その場所に対応して、ごく初期の、感度の低下が見られます。眼圧は、正常範囲ですが、これは、典型的な『正常眼圧緑内障』の、ごく初期の状態と考えられます」。自覚症状が、全くなかっただけに、その衝撃は、大きかった。しかし、同時に、不思議な安堵感もあった。「この、全く気づかない段階で、病気を、見つけることができたのだ」と。その日から、私の、毎日一回の点眼治療と、半年に一度の、定期検査という、新しい日常が、始まった。視野検査は、今でも、少し、憂鬱なイベントだ。しかし、あの、白黒の地図が、私の「見える世界」が、今も、守られていることを、教えてくれる。検査は、私にとって、未来の光を、確認するための、大切な儀式なのである。